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7.25 正座、足のしびれない座り方 [学び]

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事を7月3日に書いたのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日は、その一つを紹介しよう。
(以下引用)

 足に血液を送る血管は、太い1本の血管が枝分かれしている。血液が順調に流れれば、足はうまく動く。だが、正座を長くしていると膝の太い血管が圧迫されて、足の先まで血液がうまく流れなくなる。そのため足がしびれて、ぴりぴりと変な感じがしたり、立てなくなったりする。
 …正座してしびれないコツは、足のひとところに体重がかからないように、うまく座ることだ。また、座りながら、ときどき足を動かせば、しびれにくい。
 たとえば、両足の親指を重ねて正座し、ときどき親指を上下に入れ替えれば、親指の運動ができてしびれない。茶道の先生や坊さんが長時間正座していてもしびれないのは、座り方がうまいし、訓練しているからだ。…
(引用ここまで)

 まあ、これは通常言われていることで、これでもって、すぐにいつもより長時間正座ができるようになるものではないと思う。
 小生は、けっこう長い時間、正座ができる。これは、たったの1回だけだが、長時間の“修行”のおかげだ。30年も前のことだろうか、東京の親戚の葬式に行ったとき、会場は公民館で、びっしり参列者が入り、なんと板の間で1時間も正座させられっ放し。足はしびれ、痛みを通り過ぎて無感覚。葬儀が終わって立ち上がろうにも、全く足がいうことをきかない。恐れ入りました、です。
 これ以来、法要など座布団を敷いての正座は、読経が1本終わるまで平気になった。もっとも、すぐにサッと立ち上がるのは無理だが。そして、料亭の座敷で宴席がある場合も、正座していることが多い。このほうが楽なのである。長時間あぐらをかいていると腰が痛くなるからだ。
 ところで、我が宗派は有難い。浄土真宗の場合、法要などの最後にたいていは「御文様」が読まれる。これを聞いている間は、座ったままで頭を低くする。すると、その間、ケツを気持ち浮かせぎみにし、それでもって足の血流を回復させることができるのだ。うまいことを坊主は考えたものだ。これによって、ああ、全部終わった、すっくと立って蝋燭を消そう、お布施を坊さんに渡そう、と、ササッと行動に移せるのである。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
5品思い出す。正解。100点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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