SSブログ

9.21 葬儀のクライマックス 棺への花入れ 泣かせる演出“ ありがとう”の声掛け [学び]

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 今日は、お隣りさんが家族葬を行なわれたが、懇意にしていただいていたものだから、親族以外では唯一小生だけ、参列させていただけることになった。
 粛々と葬儀は進み、お坊さんが退席された後、喪主の挨拶があり、その後は、例によって最後のお別れのための棺への花入れとなる。その準備のため参列者全員が式場からホールへさがる。10分ほどして、係員が準備が整ったからと、親族を式場へ誘導する。
 さて、親族ではない参列者は小生だけであり、一人ポツンとホールに留まるしかない。出棺までそこで待機するつもりでいた。でも、身内の方が、小生も棺への花入れに加わるよう誘ってくださったので、お言葉に甘えて花入れに加わった。といっても、やはり親族ではないから、数本の花を足元に入れるだけで、引き下がった。
 やはり、この花入れが葬儀のクライマックスである。何人もがすすり泣きする。花を入れ終わった後、お亡くなりになった方の愛用品を入れたりなど型通りのことをして、係員が棺の蓋をするのが普通だが、この葬儀社は、型破りの演出を次から次へとする。身内の方はお顔にお触れなさってくださいとか、別途用意された花束をご子息で胸元に置いてくださいとか、あれこれやるものだから、すすり泣きがより増えてくる。
 さあ、これで係員2人が棺の蓋をするかと思いきや、そうではない。「親族の皆さん、棺に手を添えて、故人に“ありがとう、ありがとう”とお声掛けなさってください。」というではないか。これにはたまげた。ものすごい演出だ。親族でない小生まで、こみ上げてくるものがあり、涙を抑えようと思っても抑えられない。幸いコロナ過でマスクを装着しているから、マスクに手をやってそれで涙をぬぐう。
 今まで、親族として葬儀のときに棺への花入れを行なったのは20回近くあろう。ときには、こみ上げてくることはあっても、涙は何とか抑えられた。しかし、今回は、親族でもないのに醜態を見せてしまった。でも、この演出により、親族皆が涙を流したことであろうから、部外者一人、小生だけがシラーっとしているよりは、一緒に涙して良かったのではなかろうか。
 まあ、しかし、あんまり泣かせる過剰な演出には懲り懲り。出来すぎた演出というものも考えものである。
 でも、ここで一つ学んだ。“ありがとう”は、本人が死ぬ前に言うべき言葉であると。
 死んでからじゃあ本人に聞こえやしない。臨終間際でもけっこう意識があるというから、本人が生きている間に“ありがとう”のシャワーを浴びせてあげるこっちゃ。

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
外食につき脳トレ休み

※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。